ベトナムの歴史を勉強しよう!【かつて栄えたチャンパ王国について】

Xin chao!

緊急事態宣言が徐々に解除されていますね。

嬉しいことですが、これで油断せずに完全に収束にまで持っていきたいところですね。

さて、今日もベトナムの歴史を勉強しましょう!

今日はベトナムにかつてあった

「チャンパ王国」という国の歴史についてです。

ベトナムが今のように

北から南まで統一された国家になったのは

実は随分最近のことで、

今の領土になったのも、結構あとのことなんですね!

(そもそもベトナム社会主義共和国という統一が果たされたのはベトナム戦争以後)

ベトナムの領土はベトナム人の南進によって広がった↓

*編集中

では、今日はベトナムでかつて栄えたチャンパ王国の起こりと滅亡について勉強しましょう。

チャンパ王国概要

チャンパ王国  Chăm Pa / 占婆

192年 – 1777年(1832年に完全にベトナムに併合)

かつてベトナムの北中部から南中部にあった王国

チャンパの位置

出典:Wikipedia

アウストロネシア語族(台湾やマレー半島、ポリネシアなどと同じ祖先)

であったとされ、

中国の影響、支配が入ったり

ベトナム北部にあった様々な王朝とすったもんだを繰り返しながら

なんと約1500年ほど国としての歴史があります。

インドネシアのほうから来た人々

チャンパ人の祖先は

インドネシアのほうからやってきたとされています。

なので、チャンパ王国に住んでいた

「チャム人」は

現在のベトナム語とは全く違う

「チャム語」という

古代マレー語やポリネシア語を系統とする言語を話していたそうです。

中国の影響も受けていましたが

インド文化を多く採用していたため

現在に残るチャンパ王国の遺跡は

ヒンドゥー教の寺院のような石造りの建物が残されています。

スポンサードリンク

後漢に反乱を起こしたリ・クエン

紀元前100年ごろからベトナム北中部は中国の漢王朝による支配が開始され

しばしば1000年にわたってベトナム人が中国と戦争していたことは

こちらでご紹介しましたね。

ベトナムの歴史、紀元前から中国から独立するまでの1000年を歴史上の英雄と共にまとめてみました。

チャンパ王国の始まりは137年

現在のフエで、

リ・クエンという人物が後漢に対して反乱を起こしたところから始まりました。

144年にリ・クエンは後漢と和解し

林邑(ラムアップ)国を建国します。

チャム人を主体とした国でしたので、これがチャンパ王国の始まりとなります。

ちなみにベトナム北部のほうは、反乱もありましたが

いずれも鎮圧され、中国支配下の地方として、

交趾・九真と呼ばれていました。

おそらく中国からの距離の問題もあったかと思います。

独立後も朝貢という形はとっていましたが、

一国家として独自の文化と繁栄を続けていきます。

インド文化を採用

建国当初は、中国の影響を多く受けていましたが、

扶南国(ベトナム南部にあった、カンボジア・クメール文化の国)

の文明に興味があったのかなんなのか、

徐々にヒンドゥー・インド文明を取り入れていきます。

ちなみにチャンパというのはインド式の言い方です。

中国の影響のありましたが、

チャンパ王国ではインド化がすごかったので、

・インド的な枠組みでの王権の成立
・ヒンドゥー教と仏教の信仰
・インド的な神話と法律
・サンスクリット語の使用

などが行われ、

中国の影響とインド化が合わさった独自の文化を築き上げていきます。

その繁栄の面影を残すのが、

ミーソン遺跡です。

現地体験オプショナルツアー予約|トリップレックス|海外旅行のSTW ...

出典:STW  ベトナムとは思えないような光景

インド文明やアンコール朝の影響などを受けた遺跡には

ヒンドゥー教のシヴァ神が多く彫刻されています。

ベトナム語オンライン教室生徒募集中↓

1レッスン800円~

ユースフルオンラインベトナム語教室




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。