謀反人(明智光秀)の娘と呼ばれた細川ガラシャ夫人に学ぼう!人生の壁にどう立ち向かう?

Xin chao!

日本のみなさんは自粛して過ごしていますか?

家にずっといるのはつらいですね・・。

でも今はテレビもあるし

携帯もあるし

なんとか人とつながっていられます。

しかし戦国時代に幽閉されちゃったら・・

それこそ孤独でですよね・・

父親の謀反で幽閉されちゃった悲劇の美女が戦国時代にいました

「細川ガラシャ夫人」夫人です。

細川ガラシャ - クール・スーサン(音楽 芸術 医学 人生 歴史)

美しさが伝わってくる彼女の肖像画

蛇姫は自称歴女で大の歴史好き!

知恵泉で紹介されていましたし!

麒麟が来るの主人公である明智光秀の愛娘でもあるので

波乱の生涯とエピソードをご紹介しましょう!

プロフィール

本名:細川玉

洗礼名:細川ガラシャ

生年:永禄6年(1563年)- 没年:慶長5年7月17日(1600年8月25日)

父親:明智光秀

母親:妻木ひろ子

夫:細川忠興

明智光秀の次女として生まれ、幼いころからその美貌は際立っていたそうです。

ガラシャのお母さんも、美人で有名な人でした。

両親からも溺愛され、何不自由ない少女時代を過ごし

光秀の上司である織田信長の仲介で、

細川忠興と結婚します!

細川忠興 - Wikipedia

彼女の美しさを夫である忠興は

彼女にメロメロ・・

結婚してしばらくは側室の「そ」の字も出てこないほど仲睦まじい夫婦であったそうです。

人生が一変!?父が謀反人に?

結婚して1年後には子供にも恵まれ、

幸せな日々を過ごしていた玉でしたが、

あの本能寺の変で、父明智光秀が

主君である「織田信長」に謀反を起こしてしまいます。

このことで玉は「謀反人の娘」という烙印を押され・・

人生は一変してしまいます。

細川忠興の父である

細川幽才は息子に離縁を勧めますが

忠興は玉と離縁したくなかったので・・

しばらく玉を世間から隠し、許されるのを待つことにしました。

玉の住んでいる場所には、数名の侍女が出入りするだけで

玉は寂しい時間をここで数年送ります。

ここで玉がどう過ごしたのかは詳しいことはわかっていません。

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許されて帰ったと思ったら

玉が幽閉されて数年後に、

信長から権力を引き継ぐ形で細川家の主君となった

豊臣秀吉から許しを得

玉は自宅に帰ることができました。

しかし・・

その間に忠興は側室を数名抱え、子供をもうけ

玉の産んだ子供たちは玉になつかない・・

っという玉にとってはつらい現実が待っていました。

側室を抱えることは戦国時代では普通のことでしたが、

幽閉前の忠興は玉以外には目もくれなかったので、

玉はとてつもないショックを受けたにちがいありません・・。

「私は数年一人寂しい思いをしていたのに!!

あんたは女作ってたんかい!!」

ってぶん殴りたくなりますね・・。

まあ忠興も妻のいない寂しさはあったんでしょうけど・・

夫はメンヘラ?外出禁止令

さらに追い打ちをかけるように忠興は

「そなたは外出してはならない」

っというとんでもない命令をします。

その理由が

「美しすぎるから、ほかの男の目に触れさせたくない。」

っというとんでもない理由でした・・。

とんだDV男ですね!!

人生逆境だらけ! それでも心は負けなかった細川(ガラシャ)さんの場合 ...

どんだけメンヘラで嫉妬深いんだ!!

「お前は側室持っといて、何言うてるんじゃ―!!」って

蹴とばしたくなりますね。

忠興のメンヘラぶりはやばくて

・屋敷に出入りしていた庭師が玉と話したと理由で庭師を切り捨てる

っとか今なら君刑務所行きだけど?

っということをします。

しかし、そんな自分勝手な夫に対して玉も応戦

夫が殺した庭師の首を見つめながら平然と食事をとります。

忠興もそれにはぎょっとしたようです・・。

さらにその血を彼女の小袖で拭って血まみれにしますが・・

その小袖を彼女は何日も着続けて

忠興のほうが折れて謝ったとされています。

クリスチャンになる前は玉もだいぶ気位が高く、激しい性格であったそうです。




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