朝鮮王朝の女官の掟と人生




韓国の歴史ドラマに欠かせない存在である

女官の存在!

世界各国の王朝文化を支えた存在と言っても過言ではないでしょう。

表の政治を男子の高官が担うのであれば、

奥の後宮の仕事の一切を彼女たちが担い、皇后をはじめとする側室たちの生活や後継の養育も行なっていました。

時には表の男子より遥かに権力を握る存在もいたようです。

しかし、女官となった以上は王の女として、一生結婚できない、

華やかに見えて切ない彼女たちの人生や仕事は一体どんなものだったのでしょうか。

まとめてみました。

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幼い頃から王の女として修行の毎日

女官となる女の子は、幼い頃に選抜され、宮中に入ります。

大概は親の意向であったようです。

宮中に入った時点で、既に王の女となります。ただ、正式な選抜試験を通るまではまだ見習いです。

宮中には多くのしきたりがありますから、幼い頃から学ぶ必要があります。

才能に合わせて、

料理、裁縫などに別れます。

チャングムは料理人として宮中に入ってますね。

また、身分の低い階級の出身の女性は、下働きの洗濯や掃除などに充てられます。

トンイは賎民階級の女性として、唯一側室最高位まで上り詰めた存在です。彼女は元々は下働きの出身だそうです。

側室になるか、出世するか

見習い期間を終え、試験に合格すると、正式な女官となります。

女官となる儀式の際、王様も同席し、ここで見染められ、側室となる女性もいたそうです。

それはかなりラッキー🤞です。

ここで、見染められなければ、寵愛は受けられなくても、王と結婚したということになりますから、本質的には独身として過ごします。

毎日ひたすら仕事をして、上に気に入られ、出世して権力を握るしかありません。

この道のりはかなり過酷なものだったそうで、

権力闘争に破れれば、宮中から追い出される、死刑になる、流刑になるなんていうのは、ドラマの通り朝鮮王朝では日常茶飯事でしたから、有能なだけでは出世できませんでした。

女官の掟は国法より厳しい

女ってなんでこんなに同性に厳しいのかなぁってぐらい、同性に厳しいですよね。

とにかく女官の生活はしきたりだらけ、厳しい上下関係に縛られていました。

王様以外と恋愛関係に陥ることは死を意味しましたが、

上のものに逆らうことは絶対に許されません。

(朝鮮半島全体がそんな感じだったわけですが)

そのなかで如何に有能に仕事をして、上のものに気に入られるかというのが出世のポイントになりました。

側室にならないで、最高に出世する尚宮になるには、少なくも20年はかかりました。

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恋愛は禁止。死刑

女官は建前上全て王の妻です。

王と関係があろうとなかろうと妻なので、それ以外の男性と恋愛関係になるなどもっての他でした。

なので、女官が他の男性との関係していると疑われた場合、男女共々死刑となりました。

女官が女官に、たいして制裁を加えることもあったようです。

妊娠していた場合は、子供を産んで100日間、乳を与える猶予が与えられたようです。

その子供は奴婢として生きることが定められていました。

いくら権力があっても、好きな人と一緒に生きれない人生は虚しい気がしますね(><)

老後はお寺に

女官もある程度の年齢になると、身体も動かなくなるので引退します。

王族以外が宮中で死ぬことは許されていませんでしたから、年を取ったら宮中を出ます。

しかし実家に帰れるともわからないので、お寺で余生を過ごすことが多かったようです。

更に王が崩御すると、側室たちも後継などを生んでない、子供がいない場合などは、宮中を出され、実家またはお寺に送られるパターンがかなり多かったそうです。

女性はとにかく二夫まみえず、貞節を尽くすのが美徳でした。

男性は人妻でなければ、再婚も側室も自由でしたから、かなり不公平な社会ですよね。

だから、側室にとっても皇后にとっても、自分が後継を産んで、その子が王になることが自分の身の安泰に繋がりました。

これは日本と変わらないですね。

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まとめ

女官は女性が唯一官位を持ち、仕事につける名誉な職業でしたが、その一生は決してしあわせなものではなかったと言えるのではないでしょうか。

権力に生きるか、

王の寵愛を得るか、

生き残りをかけて闘う人生は過酷だったに違いないですね。

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