ウズベキスタン!親日の理由【美しい街と美人】




世界ふしぎ発見で「ウズベキスタン」について特集されていましたね。

日本ではあまり知られていませんが、ウズベキスタンはとっても親日的で、世界一美しい街の一つがある国としても知られています。

親日の国の一つということで、ここでまとめてみたいと思います。

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ウズベキスタンってどこ?

正式名称:ウズベキスタン共和国

通称ウズベキスタン

位置:中央アジアに位置する

首都:タシュケント(タシケント)

1991年にソビエト連邦から独立しました。

主要言語:ウズベク語(旧ソ連だったこともあり、ロシア語も広く通じるそうです。また、周辺の国と言語体系が似ているので、周辺の国の言葉もわかる人が多いそうです。)

「ウズベキスタン 地図」の画像検索結果

ウズベキスタンの見どころ

ウズベキスタンはかつて、シルクロードの中心地として栄えた国でもあり、

青の街サマルカンド

「サマルカンド」の画像検索結果

街全体が青で統一されているサマルカンド。ゲームの世界みたいですね。

茶色の町ブハラヒヴァシャフリサブス

「ブハラ」の画像検索結果

茶色の街ブハラ

仏教文化のテルメズなどが世界的に有名です。

「ウズベキスタン テルメズ」の画像検索結果

美人が多い!

またウズベキスタンの女性は綺麗な人が多いことでも有名です。

民族衣装も美しい

イスラム教徒が90パーセントを占めるそうですが、ソ連支配の影響もあってか、戒律は比較的緩く、

髪や肌を出し、華やかな服を着た女性達に会うことができます。

しかし、婚前交渉はタブーです。

また都市部では比較的自由な感じですが、地方ではまだまだ女性は家庭にいるものという考えが根強く残っているそう。

知られざる親日の理由

ウズベキスタンと日本は戦前から常に良好な関係でありましたが・・

第二次大戦後、多くの日本兵は

シベリア抑留

の悲劇に合います。

ロシア近辺にいた旧日本兵は劣悪の環境の中厳しい肉体労働が課され、犠牲となった悲劇です。

その捕虜の方たちは、ウズベキスタンの首都のタシュケントにも送られ、

現在も中央アジア最大のバレエ・オペラ劇場たるナヴォイ劇場の工事などに従事させられました。

(優雅なバレエが見れる劇場の裏側にこんなことがあったんですね・・。)

厳しい環境にも関わらず、さぼることなく、手を抜くことなく、仕事に従事する日本人を見た現地の人たちは、次第に日本人を尊敬のまなざしで見るようになり、

現地の人たちは、日本人への差し入れをするようになったそうです。

その後劇場は完成し、日本兵も引き上げていったそうですが・・

1966年

タシュケント地震

がウズベキスタンの首都タシュケントを襲います。

ほとんどすべての建物が崩壊した中

日本兵が作ったナヴォイ劇場だけは何一つ壊れることなく、建っていたそうです。

ソ連崩壊後、日本人への感謝の気持ちを込めて、当時の大統領が記念碑を建てました。

大統領は「間違っても捕虜なんて書くな。彼らはこの劇場を作った恩人だ」と言ったそうです。

帰りたくても祖国に帰れなかった日本人ために、ウズベキスタンの人は劇場の周りに桜を植え、慰霊してくださっているとのこと。

心が痛くなると同時に、ウズベキスタンの人々の心遣いに感謝です。

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旅行する上での注意

イスラム教が九割の国ですが、戒律は比較的緩いので、厳しい国より服装のタブーはありませんが、

あまりにも露出が激しいものはやはり避けた方がいいです。

また道を聞くときに若い女性に話しかけるのはNGです。

向こうから話しかけて来ない限り、若い女性に話しかけるのはやめておきましょう。

親日的な人が多いので、日本人には親切にしてくださることも多いでしょうが、

それに甘え過ぎず、親切にしてくれた方への可愛いお土産などを用意しておくといいかもしれませんね!

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