ベトナム最後の王妃の美しさ!【ミスインドシナで三回優勝】




今でこそベトナムはベトナム社会主義共和国と言い、

王朝があったなんて信じられない感じですが、

実はつい100年ほど前まで、ベトナム中部の町、フエには阮朝という王朝が栄え、

現在に残るベトナムの古典文化が生まれた場所でもあります。

さて、ベトナム最後の王朝、阮朝最後の王妃、 Nam phuong (ナム フォン)についてまとめてみましたので、ベトナムの女性の歴史についてご興味がある方は是非見てくださいね。

スポンサードリンク

プロフィール

本名 Marie-Thérèse Nguyễn Hữu Thị Lan

生誕地 Gò Công, Cochinchina

生年月日 1914 12/14

没年 1963 2/16

生まれは当時フランスのインドシナ領になっていた、ベトナム南部のメコンデルタ地方です。

当時王宮があったフエ、中部の出身ではないんですね。

彼女のお父さんは裕福な商人で、フランスから入ってきたキリスト教(カトリック)に改宗された方でした。

彼女自身もカトリック教徒として育ち、洗礼名をマリーテレーズと言いました。

フランスで教育を受ける

彼女が12歳の時、フランスにあるカトリックの女子学校に留学し、彼女はそこで当時の女性としてはかなり高い教育を受けます。

フランスではMarietteと呼ばれていたそうです。

彼女はここで当時の上流階級の言葉であるフランス語、マナーなどを身につけ、生まれつきの美しさに更に磨きをかけていきます。

西洋の美しさと東洋の可愛さを持った女性と言われていたそうです!

ベトナム最後の王との結婚

そんな彼女の元に、阮朝の王、バオ=ダイ帝との結婚の話が来ます。

一説によると、バオ=ダイ帝と彼女は遠い親戚でもあったそうです。

当時フランスはベトナムをフランスインドシナ領として支配しており、阮朝を管理下にも置いていました。

そこで王妃となる者は、親仏で、フランス文化に精通している女性が良いという策略もあったそうですが

なにがともあれ、彼女の美しい容姿や知的で気高い性格を皇帝も気に入ったそうです。

彼女の容姿は

白鳥のように細くて長い首

素晴らしい体型

黒くて輝くような目をしている

と称されています。

スポンサードリンク

五人の子宝に恵まれる

美女がたくさんいる後宮にあっても彼女の美しさと気高さは秀でていたそうで、

ミスインドシナにと三度選ばれたそうです。

バオ=ダイ帝との間には5人の子供に恵まれ、いずれの子女も、フランスの学校で教育を受けました。

スポンサードリンク

戦争や革命の運命に翻弄されて

五人の子宝に恵まれ、妻として母として幸せな生活ではありましたが、時代は第二次世界大戦真っ只中。

1945年には阮朝は廃止され、夫であるバオ=ダイ帝の退位と同時に、彼女も退位します。

夫のバオ=ダイ帝は新しくできたベトナム国の首相になるなど政治的に活躍しましたが、1955年に部下に引き摺り下ろされ、フランスに亡命。

彼女も共にフランスに赴き、1963年に心臓の病でこの世を去ります。

(バオ=ダイ帝はなんと1997年まで生きていたそうです。)

美人薄命なのか、49歳という短い生涯でした。

今でもベトナム最後の王妃として、その輝く美貌で、お土産のモチーフにも使われています。

二度と帰れなかった祖国について何を思っていたのでしょうか。

ベトナムで美人がおおいと言われる古都フエ!そのフエ美人の魅力に迫りました!
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。