令和おじさんこと菅官房長官ってどんな人③【気になる経歴ー市議会議員時代のエピソード】




コネも地盤もない中見事に市議会議員となった菅官房長官!

令和おじさんこと菅官房長官の経歴をまとめています。コネも地盤もない中、横浜市議会議員に初当選を果たすまでの経緯をざっくり説明しています。

こんなふうに苦労した人がみんな議員なってくれたらいいのになあって思ったりします。( *´艸`)

さて見事横浜の市議会議員となった菅さんですが、控えめながらもその能力発揮していきます。

長老にもひるむことなく意見を言う

今でもそうかもしれませんが、1987年当時では今以上にいわゆる「長老」と呼ばれる古老の議員たちが幅を利かせ、若手の議員は彼らに従うことが半ば慣習になっていたそうです。

しかしそんな中、菅さんは

「当選1回も2回も同じ市議団の一員だ。団長や議長の人事を決めるときは、われわれの意見も聞いてほしい」

出典:https://smart-flash.jp/sociopolitics/11956

っと長老に挑戦状をたたきつけたそうです。

相手が長老であっても自分が正しいと思ったことは徹底的にぶつけていく。菅さんの方が正論であったために長老たちも引き下がるしかない場面が多くあったそうです。

その控えめな外見からは想像もできない、気骨ですね!

小此木議員の急死

11年秘書を務めていた小此木議員が1991年に死去します。

小此木議員は横浜市政において大きな影響力を持っていました。

まだ2期しか勤めていない新人だったのにも関わらず、小此木議員の秘書を務めていた菅さんは、小此木議員の事実上の代役として、秘書時代に培った政財官の人脈を活かして辣腕を振るい、当時の市長から人事案などの相談を頻繁に受けるなど、「影の横浜市長」と呼ばれたそうです。

今も総理の影というか、安倍総理を支え、国政に影響していることは確かですから・・今は「影の総理大臣」ということでしょうか?

横浜市議会議員については2期だけ務め、その後は国政へと活躍の場を移していきます!

国会議員となってからについてはこちらから↓

*現在編集中

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