北朝鮮とベトナム~ハノイで行われる米朝首脳会談~ ベトナムとの関係は




今世界で「米朝首脳会談」が注目されています。

その米朝首相会談がベトナムのハノイで2回目の会談が本日2019年2月27日に行われます。

北朝鮮の非核化を進めたいアメリカと、核を楯にできるだけ相手側からの支援を引き出したい北朝鮮との攻防がどうなるのかは世界の注目です。

そんなニュースもあることなので、このブログではベトナムと北朝鮮の関係性について論じてみたいと思います。

ベトナム社会主義共和国という名前と歴史

北朝鮮は世界でも数少ない社会主義・共産主義を貫く国です。(正式名称:朝鮮民主主義人民共和国)1989年にソ連が崩壊してからというもの、社会主義であったほとんどの国は資本主義に転換し、東西冷戦と言われていた時代は終わったのにも関わらず、北朝鮮は今も社会主義、共産主義を貫いています。その弊害で国がなかなか発展していかない、豊かにならないのは世界中の誰もが知っていることだと思います。

ベトナムも実は正式国名は「ベトナム社会主義共和国」です。(経済はとっくに資本主義になってますが・・。)

ベトナム戦争は歴史で習う方も多いと思いますが、ベトナム戦争はソ連とアメリカ、もっと言うと社会主義と資本主義の闘いです。

現在のハノイを本拠地とした北側を北ベトナム(社会主義陣営)

現在のホーチミン(当時はサイゴン)がある南側を南ベトナム(資本主義陣営)と呼び、北ベトナムの後ろにはソ連や北朝鮮が付き、南ベトナムの後ろにはアメリカや韓国がついていました。

*北ベトナム=ベトナム民主共和国

*南ベトナム=ベトナム共和国

ベトナムを二つに分断したこの戦争は泥沼化し、1955年から1975年の20年間にわたり続きましたが、年に北ベトナム軍が南ベトナムの大統領官邸(現在の統一会堂)に戦車で突入する(サイゴン陥落)ことで、南ベトナムが降伏。ベトナム戦争は終わります。

サイゴン陥落の瞬間。アメリカは南ベトナムから撤退。この時ここからヘリコプターで大統領が逃げたのは有名な話。出典:菅野敏明

現在は当時の面影を伝える建物として一般公開されている

住所:135 Nam Kỳ Khởi Nghĩa, Phường Bến Thành, Quận 1, Hồ Chí Minh

北ベトナムの勝利によって、南ベトナム(資本主義陣営)は北ベトナム(社会主義陣営)に取り込まれ、社会主義を掲げる「ベトナム社会主義共和国」が誕生します。ベトナムは以後1988年のドイモイ政策が本格的に行われるようになるまで、社会主義の国として国家運営されていきます。

社会主義国家の結束

1989年にソ連が崩壊するまで、社会主義の国は社会主義の国同士で結束し、資本主義の国はアメリカに追随する形をとってきました。

ベトナムも1988年のドイモイ政策(刷新政策)を行うまで、政治経済共に社会主義、共産主義をとっていたので、当然のごとく北朝鮮とは友好関係にありました。

当時の北朝鮮の国家主席「キム・イルソン」とベトナム建国の父「ホー・チ・ミン」はかなり仲がよろしかった模様です。

1957年7月、平壌で会った北朝鮮の金日成主席とベトナムのホー・チ・ミン国家主席//ハンギョレ新聞社

ドイモイ政策以後

しかし歴史が証明しているように社会主義は徐々に崩壊の一途をたどっていきます。ベトナムも社会主義に限界を感じたのか1986年「ドイモイ(刷新)政策」を行い、経済の資本主義化、自由主義化をはかります。

ドイモイ政策以前、インクやペンは貴重品だったためインクをつめる仕事があった。出典:ベトナム日本交流on Facebook

以後ベトナムの経済は社会主義ではなく、資本主義に移行されます。しかし政治は共産党一党独裁の体制は変わらず、現在に至ってもそれは変わっていません。現在でも政府批判は許されておらず、国民はデモを行う権利を有していません。

北朝鮮はソ連崩壊後も社会主義・共産主義を続けていきます。だからといって特にベトナムとの関係が悪化することもなく、二つの国の国交は続いていきます。政治体制としては共産党の一党独裁体制が続いてるという意味では、この二つの国家は同じです。(ただしベトナムの方がはるかに緩いだけです。)

祖国のために命をささげると書かれている。ベトナムにはこういった看板や像がよくある。出典:街の看板からベトナム語を学ぼう

現在の越朝関係は?

金正日総書記の長男がマレーシアでベトナム人に殺されたというニュースが昨年世間を騒がせましたが、彼女がなぜ暗殺に関与したかは、一般人のわかるところではないですが・・ベトナムと北朝鮮には何かつながりがあるのでしょう。

建国の父であるホーチミンさんの写真は公式の場には必ず飾られていますし、国旗は社会主義を象徴する赤と星ですから、社会主義同士のつながりは今でもあるのでしょう。

ホーチミン市のNguyen Hue通りにあるホーチミン主席の銅像。ベトナム建国の父として尊敬されている。

おまけ

ちなみにベトナムには北朝鮮レストランがいくつかありますが、このニュースの前後にベトナムにあった北朝鮮レストランは突然閉店してしまいました。

北朝鮮は国交のある国(中国、カンボジア、タイなど)に、たくさんの美女を売りに、外貨獲得のためにレストランを経営していたが、この事件の前後には多くのレストランが閉店していました。

実のところは経営不振だったそうですが・・

レストランで歌う北朝鮮の女性たち 出典:Facebook

https://www.viet-jo.com/news/economy/171005170455.html?fbclid=IwAR2D–2VL_Sn8VP2G5hZRpSJ2vT_HnKwY9T8UXyWZZh05R8cbRTWyKH4nx8

→ニュースによると今月で正式に閉店されたそう。

日本人が北朝鮮にもとめること

日本国民が北朝鮮に求めることは

「拉致被害者全員の帰国」

にあります。核兵器だのなんだのより、さらっていった日本人を全員無事に返せよということです。

アメリカは北朝鮮の核放棄を求めていますが、おそらく北朝鮮が核を放棄することはまずないでしょう。

安倍総理大臣は「北朝鮮に妥協することは一切ない。」と述べています。たとえトランプ大統領が「妥協」することがあっても、日本政府としては「問題が解決しない限りいかなる支援もしない。」とのこと。北朝鮮の狡猾さを見れば、当然のことだと思います。

トランプ大統領が北朝鮮とどのような交渉を進めていくのか注目するところですが、日本人としては拉致被害者全員が帰国されることを心から望むばかりです。

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